いぬがぬるぬるいぬるぬる

イヌチャンとネコチャンとニンゲンチャンの生存報告。生きてるよ!

異文化と同文化 追記

togetter.com

 

引用ツイートしたあと、自分のTwitter内でぐだぐだ長文を打ってしまった。

 

togetter内におけるいろいろなツイートや、言葉使い@tenntekeさんのツイートを読んで、わたしが思ったこと、思い出したことをつらつら書いてみようと思う。

 

うーん、というか150文字でまとめるのも難しいし、それで長文打つにしても、150文字で投稿したあと、思考がリセットされるのか、なんだか同じことを延々ツイートしているようにも感じたのでブログに逃げる。

 

 

風刺画は別に笑うためにあるものではない。

 

読者側の問題提起のためにあると思っている。

 

風刺画とイスラーム過激派組織のメンバーが襲撃した事件で知名度が一気に上がった、シャルリエブドというフランスの週刊誌で掲載された絵を見て何を感じるかは人それぞれである。

 

そもそもこのシャルリエブドという雑誌は週刊誌であり、あまり鵜呑みにして捉えるべきではないように思う。

 

新聞やニュースであってもね。

 

それこそフランスの文化と日本の大衆文化は違うのだが、フランス人だって日本人だっていろいろな人がいる。

 

どう感じるかは人それぞれであって、でも根本にその「人それぞれ」ということを知っておかなければならないとも思っている。

 

蓼食う虫も好き好きみたいなものかな。

 

書く側にしても読む側にしても、表現の自由、責任問題、いろいろあるけれども、それを読んだり見たりして、時として見当違いな批判なり非難なり中傷なりを受ける可能性があるということを知っておかなければならない。

 

世知辛く感じるかもしれないが、世の中にはいろいろな人がいて、社会はそれで成り立っている。

 

でも自分の考えをそうほいほい取り下げるべきではないとも思う。

 

地域社会に溶け込むにはある程度の妥協というか、抑えるべきものはあるはずである。

 

本音と建前みたいなものかな。

 

シャルリエブドに関しては、イスラームという宗教では預言者ムハンマドは表現されてはいけないことになっていることを知っておくべきであった。

 

井の中の蛙大海を知らずというふうに、見当違いの風刺画だとわたしは感じた。

 

さらにムスリムたちの中にはそれは異教徒がやったにしても許されないことであると考える人もいて、特に過激的な行動に移る人がその絵を描いた人を殺害することになった。

 

たしかにフランスには自由な表現をよしとする風潮があるにしても、シャルリ・エブドはやりすぎた。

 

殺されていいとは思わないがね。

 

わたしはそれこそある程度の線引きは必要な気がするし、隠喩とか使えばよかったのにねとも思う。

 

表現が直接過ぎる。

 

日本でも以前大学教授?だった人物がムハンマドを笑うようなタイトルの詩か文章を翻訳し、出版したあとに殺害された。

 

笑って許すのは表現の自由が許されている国だけだし、現に過激的な行動に移る人によって殺害されている。

 

だからといって自業自得、死んで当然とは思わない。

 

それで終わればいいが、無関係のひとも異教徒だから、という個人ではどうしようもない理由で殺害されている。

 

フランス軍に限らず、国際的にも報復した。

 

報復された側はさらに人を殺すだろう。

 

見事な死の連鎖である。

 

空爆したからと言って、すべての過激的な行動に進む人々を殺すことはできない。

 

万が一できたとしても、その家族がまた報復に進むだろう。

 

各国には過激派組織に思考だけでも属するスカウトマンがいると考えてもおかしくはない。

 

現に失恋した裕福な家庭の息子が絶望し、過激派組織のメンバーのTwitterをフォローして、その考えに染まり、テロを起こした。

 

 

風刺画を笑って楽しいのかなという八代《タカ》隆司 @taka_parisさんのツイートを読んで、言葉使い‏@tenntekeさんは問題提起としてとらえてツイートしたのだと思えばいいのではないかな。

 

疑問に感じることはよいことだ。

 

知ったかぶってあーだこーだいうのよりは確実にいいと思う。

 

そこからフランスの大衆的な文化であったり、思考であったり、日本と比較した場合の異文化と同文化を知ることはできるのではないだろうか。

 

大学時代お世話になった莵原先生もかつておっしゃっていた。

 

外つ国(とつくに)について興味を持つのはいいが、異文化だけでなく同文化も気にしてみるといいよと。

 

異なるものだけに関心を寄せると疲れてしまうよ。

 

拒否してしまうよ。

 

否定してしまうよ。

 

そうすると自分自身も否定されてしまう。

 

よく外つ国(とつくに)に住む場合は郷に入っては郷に従えというが、自国の思考、自分の故郷の習慣についても話してみたら面白いだろう。

 

同じものがあれば関心を寄せるだろうし、自分もまた相手に対して関心がわくだろう。

 

異なるものがあれば、良いものであろうと良くないものであろうと関心を寄せる。

 

なにせ人間は話せるし、理解もできるのだからね。

 

そういう意味では言葉使い@tenntekeさんや八代《タカ》隆司  @taka_parisさんのツイートを読んで非難や中傷をしている人たちはもったいないなぁとも思う。

 

世の中にはいろいろな考えを持っている人がいるのだから、それはそれでいいじゃん。

 

ああぁ~、なんか同じこと書いてしまった。

 

はい、終了!

 

 

www.nikkei.com

 

というかシャルリー・エブドって「風刺画専門」の週刊誌なのか。

 

日本の新聞などでよくある政治に関する風刺画みたいなものを想像していた。

 

わたしとしては、書き手側の問題というよりは読み手側の問題と捉えた。

 

書き手側の感情面や、読み手側が勝手に読み取ってしまった陰謀説にとらわれすぎていると思う。

 

極論になってしまうかもしれないが、それこそ読まなきゃいいのにとも思う。