いぬがぬるぬるいぬるぬる

イヌチャンとネコチャンとニンゲンチャンの生存報告。生きてるよ!

たまに思い出す祖父のこと

私の岩手の思い出と言えば、花巻駅新花巻駅で食べた冷麺のあのゴム食ってる感じが強い麵のことと、その付近の喫茶店か雑貨店で手に入れたフクロウの置物くらいだ。冷麺ってどこの国の食べ物だったのだろう。韓国?移民である韓国出身の人たちが岩手に根付いているのかもしれない。いいね。

 

そういえば東北や北海道というと、つい豪雪地帯のことを思い浮かべてしまうが、私の母が生まれ育った釜石市は案外雪が降らない。でも11月に行ったときは雪は降らないくせに、しんしんと骨身に染みる寒さというものを経験して、あぁ私は岩手には住めんなと思った記憶も薄っすらとだが残っている。あとは祖父母宅にあった和室に飾られていただるまと、おそらく祖父母のどちらかが作ったであろう小銭の置物くらいだろうか。

 

シェパードと言えば私が一度一緒に暮らしてみたかった犬種の一つなのだが、祖父はこのシェパードの教育に失敗した人間だ。だから私はシェパードに憧れがあるものの、飼うことはないだろう。責任が持てない気がする。でもシェパードが好き。Twitterの世界で毎日見かける、シェパードとちゃんと暮らせている人たちがいることは知っている。すごくいいと思う。かわいい。できたらシェパードも飼い主さんも健康的に長生きしてほしい。

 

どこの病院かは忘れたが、山の上にあった病院の窓から見かけた立派な角を生やした鹿のことも覚えているな。曾祖母にいじめられていたという祖父。私は祖父からそんなことを一言も聞かなかった。遠野出身で、実は兄弟姉妹が6人だか7人だか8人いたという。中学校か小学校の教頭まで出世したものの、子供と関わりたいという理由で校長にならなかった。漁師の友人がいて、私たちが釜石に行くたびにおいしいお刺身を食べさせてくれた。いつの間にアルコール中毒になっていたみたいで、母によるとおそらく一升瓶を1日1本開けていたらしい。入院中一度だけお見舞いに行って、祖父と指相撲したら絶対勝たせてくれなかった。脳梗塞になってしばらく入院して、でも結局家に帰りたいとのことで帰宅してしばらくして死んだ。火葬したら喉仏だけは立派な骨が残った。覚えているのはそれだけなのだ。

 

平凡さんのブログ(平凡 (hatenablog.com))を読んでいて、あとTwitterをぼんやり眺めているとやはり東北に住んでいる人たちがいて、そのツイートを読んだとき思い出したことを書いてみた。

 

たまに豪雪地帯に行ってみたいなと思って、ふと検索もするのだが、実は歩いたことがないし寒いだろうなぁと思って諦めている。でも一度歩いてみたい。柴犬と一緒にね。秋田犬でもいい。ムクムクの犬がいい。